トレード・オフ

夏目漱石の「草枕」の冒頭に次のような言葉があります。

智に働けば角が立つ、情に掉させば流される、意地を通せば窮屈だ、とにかく人の世は住みにくい。

これは、人生自体が、トレード・オフ、つまり二律背反の状態の連続であること言っています。

そして、企業経営は、それにもましてトレード・オフのオンパレードに遭遇します。そして、その問題点は、先送りできないものが非常に多いということです。企業経営の意思決定に、トレード・オフが存在しないことは皆無といってもいいでしょう。

品質と価格、デザインと性能、利便性と安全性など次々とトレード・オフが発生してきます。

さらに、大きなところでは、現在と将来、集中と多角化などの経営的トレード・オフが存在します。

そんな中で、経営者は判断を即座にしていかなければならない時代に来ています。

トレード・オフが発生すると人はジレンマという状態に追い込まれます。

そうなったとき、たいていの場合人間は、バランスをとることで、まあまあのところで妥協するということを行う修正をもっています。

しかし、このバランスを取ることで、なんとか解決していたことも、こうもニーズが多様化して細分化している時代においては、どちらも取れないという状況になってきています。

ニッチ・ビジネスが盛んに言われたのは、明確に全部を取らずに、ここで行くという集中のほうが利益を取れるということで行われて、選択と集中という言葉が経営者の間で流行しました。

このことは、決して間違いではないし、今も非常に重要な考え方です。

トレード・オフを解消するもう一つの方法は、イノベーションです。これは、今までトレード・オフだと考えられていた2つのことを両方とも実現可能なものにしてしまうという現象が起きます。価格と品質はトレード・オフであると述べましたが、繊維の例でいえば、化学繊維などでは、安くて丈夫というイノベーションが実例として挙げられます。

従って、イノベーションは、消費者のトレード・オフとメーカーのトレード・オフを同時解決する、もっとも重要な解決策であるということができます。

しかし、たとえば、化学繊維は価格と品質というトレード・オフを解消したが、今度は、利便性と風合いというトレード・オフにも直面しました。消費者は、次々と新しい難問を我々に突き付けてきます。ほんとうに終わることのないイノベーションが求められています。

しかし、技術的なイノベーションだけが解決法でもありません。

今まであるものでも、考え方を変えてみるという手もあります。

そういったイノベーションを起こすためには、今抱えているトレード・オフをもっと大きな器の中に入れ込むという作業が適しています。そして、時代が変化していく方向を見極め、新たな価値観を提案することが重要になってきます。エコや省エネという時代変化のなかで、いままで見向きもされなかった古いものが、流行したりしています。

扇子やうちわなどは、電力ひっ迫で夏場の需要を増やしています。

商いの世界でも、儲かるか儲からないかというトレード・オフを善か悪かで判断することで、長寿企業としていまでもブランドとして存在企業が多くあります。

トレード・オフをジレンマと考えずに、トレード・オフをチャンスととらえる考え方自体が、トレード・オフ解消の最大の究極かもしれません。