グローバリズムとトライバリズム

久々にP.Fドラッカーの「ポスト資本主義社会」を読んでみました。以前一度読んでいたという記憶はあるのですが、今回読んでみて改めてこの経営思想家の先見性の高さを思い知られて、まだまだ勉強することが多いと感じた次第であります。

この本は、日本のバブルが崩壊した直後の1993年ごろに書かれたもので、約20年の歳月が経ちますが、現在の方向性とその重要な要素は何かということを言い当てています。

その一例が、今回お話しする「グローバリズム」と「トライバリズム」です。

「グローバリズム」はみなさんご理解いただいているように、無国籍の志向をいいますが、「トライバリズム」は直訳すると部族主義ということですが、私の感覚では人のルーツとコミュニティへの志向ということになると思います。

日本の場合、完全ではないにしても単一民族なので、国民と部族が同じ意味で理解されていますが、アメリカやヨーロッパでは、それは完全に違うものです。

小さなイギリスでさえ、スコットランド、ウェールズ、イングランドなど部族意識に近いものが非常に強く、サッカーの試合はそういう意味でもエキサイトしています。

しかし、あらゆる部族は、経済やファッションや文化や芸術などグローバルな展開がなされ、日本にいてアメリカに本社のある会社で仕事したり、イタリアのバッグを買ったり、中国のお茶を楽しんだりしますし、フランスの人が、日本のアニメに夢中になったり、メキシコの辛い料理を楽しんだり、ドイツに本社のある会社に勤めたりしています。そういう点では全世界的に部族的志向を捨てて、グローバリズムのみの生活志向になっているかのように一見見えますが、実は、グローバリズムが進めば進むほどトライバリズムが進むということを指摘しています。

そしてその証拠として、あらゆる民族を包含してきているアメリカでの現象を、次のように記述しています。

「メキシコであれ中央アメリカであれ、ラテンアメリカからロサンゼルスに流入してきた移民は、できるだけ早くアメリカ市民になろうとする。アメリカ生まれのアメリカ人と同じ機会を望み、子供たちが教育、就職、職業に関してアメリカ人と同じ機会を享受できることを望む。しかし同時に彼らは、スペイン系としての独自性、文化、コミュニティを維持することも望む。従って世界は、グローバル化すればするほどトライバリズムへと傾斜する。」

また次のようにも言っています。

「トライバリズムはグローバリズムの対極ではない。トライバリズムはグローバリズムの核である。世界の人々はこれからますます国籍に縛られないグローバルな世界に住むようになる。しかし、彼らは地域のルーツを必要とする。コミュニティに属することを必要とする。」と語っています。

発表から20年経って、インターネットによる世界的な情報交換により、グローバリズムはまさにものすごい勢いで進展していっていますが、それと同時にトライバリズムも人々のルーツとして強まっています。つまり遠心力が強まれば強まるほど、求心力を強めなければ、存在できないということだと思います。

日本でも、海外に出て行った人ほど、日本の良さというか自分のルーツやアイデンティティを強く意識し評価するように思えます。

そして、このトライバリズムというキーワードは、大きなビジネスチャンスをももたらすのではないかと考えて、今回取り上げました。

日本人が単一民族であるがゆえに意識していないトライバリズム、しかし、今後グローバルがさらに進めば進むほど求められるルーツとアイデンティティ。これを刺激するビジネスがきっとあると思います。