2013年

1月

21日

ダイバーシティ人材戦略を阻む日本社会の特徴

2013年1月22日(火曜日)

昨日は、ダイバーシティ人材戦略についてお話ししましたが、日本においてダイバーシティ人材経営がなかなか実現することが難しい背景に、日本社会の特徴があります。

ダイバーシティの根底にある基本的な要素としては、「社交性」つまり、普段話をしていない違う種類の人たちと、積極的に如才なく話せるということが根底にあることが求められるようなります。

しかし、この社交性が、まず、日本人になかなか身につかない状況があります。

組織ついて「タテ社会の人間関係」という名著を書かれた中根千枝さんの文章を引用すると次のように、日本社会の「枠」を重視する思考が見えてきます。

■場を強調する日本の社会

➣職種よりも会社名

日本人が外に向かって(他人に対し)自分を位置づける場合、好んでするのは、職業よりも場を優先することである。記者であるとかエンジニアであるとかいうようりも、まず、A社あるいはS社の者ということである。また他人がより知りたいことも場であり、それから職種ということである。

ここではっきり言えることは、場、すなわち会社とか大学というような「枠」が、社会的に集団構成、集団認識に大きな役割を持っているということであり、個人の持つ資格(職種)自体は二次的な問題となってくるのである。

この集団認識のあり方は、日本人が自らの属する職場、会社や官庁、学校などを「ウチの」、相手のそれを「オタクの」などという表現を使うことに端的に現れている。

この表現によく象徴されているように、「会社」は、一定の契約関係を結んでいる、自己にとっての客体の認識ではなく、私の、あるいは私たちの会社であって、主体化されて認識されている。そして多くの場合、それは自己の社会存在のすべてであり、全生命のよりどころというようなエモーショナルな要素が濃厚に入ってくる。

つまり、同じエンジニアでも会社が違えば「ヨソの人」という認識を持つということになり、縦に対して濃密な関係をつくることには最大の関心を持ちますが、横のつながりには非常に排他的になるという特徴があります。

これは、組合運動をみても明確に現れており、欧米では横の連帯を中心とした組合活動であり階級闘争闘争ということをやっていましたが、日本においては会社の組合が中心で、組合の中に違う階層の人間が当たり前のように同居しているという不思議な状況になっています。

この横の違いに対する排他性は、ダイバーシティ人材経営を進めるうえで障害となってきますので、この日本社会に組み込まれた認識を変える努力が必要になってきます。

その話はまた後日にします。

本日は、日本社会に根強く残る「縦方向への粘着性と横方向への排他性」について理解いただければと思います。