豊かさの意味の変化

2013年2月21日(木曜日)

日本は、昭和20年に第2次世界大戦の敗戦を迎え、敗戦国としてアメリカの統治下に入りながら、戦後の復興を目指して新しい民主主義の国として出発しました。

敗戦直後は、家もなく食べることもままならない状態て、国民は生理的欲求を満たすべく、必死にその日その日を生きていくために必死で生活していました。

これは、マズローの欲求5段階の第1段階の生理的欲求の状態です。

その後、ベビーブームが起こり粗末な家に住みながら大勢の家族が一つ屋根の下に、今でいえばギュウギュウづめの中で近所の人たちと強い連携を持ちながら安全なコミュニティーを築いていきます。

住宅の路地には子供があふれ、小学校の生徒がまだ赤ん坊の弟や妹をおんぶしながら缶けりなどをして遊ぶ姿が見られました。

学校や警察や病院が整備されるようになり、マズローの第2段階の安全欲求というものが満たされ始めます。

その安全欲求が満たされたあとは、マズローの第3段階の帰属の欲求というものが満たされていきます。都会でいえば会社という帰属場所、田舎では農協や漁協などが次々と組織化していきました。組合なども多くでき、活動も大変盛んになりました。

時を同じくして、文化住宅をはじめとする住宅の需要が拡大し、それに伴う電気製品の需要が爆発しました。「洗濯機」「冷蔵庫」「テレビ」を求め、電話も急速に普及していきます。

まさに、豊かさとは物をいくつ持つかという価値観でありました。

横並び主義の日本人にとって、近所で持っているものを持っていないことは精神的にとてもみじめな感覚だったのです。

その精神こそが、戦後日本の急速な物質的経済発展をけん引してきたバイタリティーでもありました。

そして、その後はマイカーブームへと移行していきます。

その後は、郊外へのマイホームに移り、日本国中競うようにより大きなものを求めて物質的満足が「豊かさの象徴」として日本人の心の中に刻み込まれました。

その後は、単なるものでは済まなくなり、どのブランドを持っているかという新たな欲求が生まれました。

車や衣服やスポーツでも、どのブランドの何を持っているかで豊かさを競っている時代の到来です。

これは、マズローの第4段階の自我欲求です。他人に認められたいという思いをブランドを持つことによって満たそうとしたのです。

そうした思いがバブルをつくり、異常な土地高騰と株価上昇が続きましたが、しょせんは砂上の楼閣で耐えられなくなってバブルははじけました。

そして2000年を迎えることになりました。

1990年代に生まれた人たちは、これらの時代背景の上に生まれました。

生理的欲求や安全欲求は当然満たされ、帰属欲求も会社、学校、家庭と安定しています。物質的にもまったく不自由がなく、むしろ親が子供のころからブランド物で固めてあげます。

こういう前提条件の上で育った子供たちは、物質的に強い欲求というものを持っていません。

なぜなら、不自由しないことに欲求は発生しないのです。

水中にいれば空気の欲求はでますが、もう地上にいれば欲求は生まれません。

今の若者のものに対する意識は、

・家いらない

・車いらない、

・洋服はファストファッション

・食べ物ファストフードでいい。というよな感じです。

彼らは、リアリティーの物質的なものより、バーチャルな世界にとても強い欲求を持っています。

そして、物が必要になった場合でも

・シェアすればいい

・古着でもいい

・リサイクルでもいい

という感覚です。

オタクということばが、ちょっと前まで言われていましたが、いまでは一部の若者ではなく多くの若者がオタク化しています。

家や車やブランドを買うために、あくせく働くのではなく、等身大の自分として、本当に好きなことをやっていたいという欲求です。

そこには、他人の目を気にして、いろいろなものを所持してきた世代の「脂ぎった」「前のめり」の姿勢はありません。

他人がどう見ようと、自分が本当に今面白いことに対して深く追求し、ネットで繋がった共通の仲間たちと強い共感というつながりを持っています。

つまり、前の世代は、マズローの第4弾の自我欲求つまり他人から認められたいという段階で止まっていて、現代世代はその上に立ってマズローの第5段階欲求の「自己実現欲求」というレベルを模索しているように見えます。

したがって、これからのマーケティングには、この部分の理解が非常に大切です。

1バブル経験者に対しては、認知欲求を刺激するマーケティング

21990年以降の若者に対しては、自己実現を刺激するマーケティン

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これからの少子高齢化の時代は、お年寄りの消費が減速し、若者の少数化とモノ離れという、とても厳しい消費状況がくることを前提にすることが必要です。