コーチング導入の注意点

2013年5月20日(月曜日)

最近、再び管理者研修の中で「コーチング」に関する研修が行われています。

導入する企業の目的としては、「自主的・主体的な部下育成のために部下の考えと行動を『引き出す』コーチングスキルを習得し、部下の成長と自主性を促進する」というところでしょうか。

そもそも、コーチングとは何かというと簡潔にまとめると「相手の中にある可能性を引きだし、その人の自主的な前進をサポートするコミュニケーション」とあります。

そして多くの企業が、変化が激しく競争も激化する現代において、トップダウンだけではいけないということで、この「コーチング」を取り入れ対応しようとしているようです。

しかし、コーチングというのはそう簡単に身につくものではありません。

まず、上司と部下との関係では、コーチングを初めとして他の様々なコミュニケーションに関わるスキルというものだけが、コミュニケーションスキルではないからです。

部下は、常に自分の上司の行動を見ています。

上司が常日頃、上司の上司や、他部署の人や、取引先の人などとどのような対応をしているかということや、どのような信条を持って行動しているかと、上司が自分に対してコミュニケーションしていることと一貫しているかということの方が影響を受けるということを忘れてはいけません。

その一貫性がない上司の言うことは、部下は信用してくれません。

本田宗一郎が言うように

「理念・哲学なき行動(技術)は凶器である。また行動なき理念は無価値である」ということであり、一貫性を持たないコーチングのスキル部分だけを導入しても、かえって凶器になりえるということです。

私は今、「スポーツ・コーチング学」という本を読んでいますが、その中でもコーチングをするコーチ(上司)について次のように語られています。

コーチの自己認識

「指導者が選手の自己認識を助ける場合、指導者自身が自己を知っていなければらない。指導者自身が平常心を持っていないと、選手に平常心を保つように指導することはできない。

指導者自身に進むべき道があるなら、選手にもそれを教えることができる。

指導者が一貫性を持って行動していると選手が思えば、彼らも一貫性のある行動で応えてくるだろう。指導者が、試合を通して選手に『品格』を示すなら、指導している選手たちにその品格を植え付けることができるだろう。

若い人は手本を探している。教師やコーチに賞賛すべき点を見出せば、彼らはそれを吸収する。指導者は教える内容より、品格やその哲学のほうがより重要であること理解しなければならない。指導者の示した手本に、選手の生涯にわたる行動が大きく影響を受けることがあるということである。

指導者は相当な責任を負うことを忘れてはいけない。指導者の望選手になるよりも、多くの場合、選手は指導者自身を投影したものになる。したがって、指導者自身がより高い自己認識を持っていない限り、選手に対して矛盾のない明確な指導をすることはできない。」

とありました。

つまり、選手(部下)はコーチ(上司)のいうことと行動の2つの両方から学んでいるということです。

これらのことから言えることは、指導(コーチング含む)には「哲学」と「技術」の両方がセットになって初めて機能するという結論です。

そして最終的に私が言いたいことは、

「コーチングを会社で導入するなら、長期的視野を持って、会社の経営トップから『哲学』と『技術』による一貫性のある指導体制を上から染み渡るように構築しなくてはいけないし、付け焼刃的に中間管理職以下にスキルだけを学ばせ部下指導させるというようなコーチングの導入は逆効果になる恐れが高い」ということです。

いまさら哲学といわれるかもしれませんが、情報があふれトレードオフの連続の現代において、ものごとの最終判断を決するものは、その人・会社の理念・信条であり、それは哲学的思考の上に成り立っているべきものであると思います。

そして、その出発点は「自分の会社は、社会の中でどのような会社になりたいか」どいうことだと思います。