グーグルXが開発する「ムーンショット」

2014年1月12日(日曜日)

携帯電話ユーザーがスマートフォンに大きくシフトして、タブレットPCも普及が進んで、また、通信インフラが整備されてきて、コンピュータの世界は、固定から簡単に持ち運べるモバイルなスマートディバイスとして普及しています。また、ソーシャルメディアが普及し、モバイル用あぷりがたくさん増えて、膨大な情報を移動中に確認したり、買い物したりできるようになっています。

それに合わせ、小売企業は、マルチチャネルからクロスチャネル、そして現在はオムにチャネルによる顧客のシームレスな買い物体験ができるようにリアル店舗とインターネットを融合させるインフラを作っています。

在庫確認・発注・決済・受取・ポイント付加などが、PC・スマホ・グループ企業のいろいろなリアル店舗でシームレスに選べる時代になってきています。

そして、モバイルのスマートディバイスに昨年あたりから、ウェアラブル・コンピュータというものが加わるようになってきています。

グーグル・グラスがその代表例ではないでしょうか。

グーグルには、「グーグルX」という研究所があり、グーグル・グラスだけではなく、自動車の自動走行にむけてのプロジェクトなど非常に遠大な革新的な技術と製品を開発しています。

その「グーグルX」がどのうような考えを持って、このような大胆で先進的なことを行っているのかということに関して、「WIRED」という米国で創刊された世界で最も影響力のあるテクノロジーメディアの日本版の記事から引用させてもらい紹介したいと思います。

この記事は、昨年のバレンタインデーに発表されたもので、「グーグルX」開発責任者であるアストロ・テラーという方が書いたものです。

記事引用

「10倍狙いならできるけれど、10%狙いはとても無理・・・そんなことが実際にある」。拡張現実アイウェア・システム「Glass」や自動車走行を開発するグーグルX責任者からの提言。

ある事柄を現状より10倍よくするほうが、10%よくするよりも実は簡単なことがよくある。・・・そう聞くと驚くかもしれないが、これは本当のことである。

何かを10%良くしようとするから、どうしても既存の手段や前提に注意が向くことになる。何かを10%良くしようとするから、多くの人々がたくさんの時間を費やして考え出した既存の解決策をベースに答えを見つけようとすることになる。ただし、そんなやりかたで改善を進めようとすると、労力、資金、その他の資源が余計に必要になる。こうした形の改善からは、ある種の満足感も得られる。自分がまじめに働いているという感じ、他の人が失敗したかもしれないところでも、自分は歯を食いしばって辛抱を続けているという感じがしてくる。だがほとんどの場合、人は結局、以前と同じところで停滞し続けることになる。

それに対して10倍の結果を手に入れるとなると、どうしても勇ましさや創造性が必要になってくる。アポロ計画の月面着陸(「ムーンショット)」のような偉業は、そんな勇ましさや創造性の賜物といえる。すでにどこかで見聞きしたことがあるかと思うが、アポロ計画の開始当初は成功に至る明確な道筋などなかった。だが、それでも開始から10年もしないうちに、我々はこの夢を実現した。それまで何世代もかかって、それでも成し得なかった夢を、である。

アポロ計画を立ち上げる理由について、「簡単だからやるのではない。難しいことだからあえてやるのだ」とジョン・F・ケネディは当時、そう説明していた。また、それを聞いた当時の人々は、小学生から大組織の人間まで、誰もがこの計画実行の支持に回った。大きな挑戦んが人を奮い立たせること、さらに大きな挑戦が人の情熱をかき立てることをケネディは理解していた。

そして達成が一番難しいと思えることが、実はそれほどでもないということも、ケネディは理解していた。

10倍狙いならできるけれど、10%狙いではとても無理・・・そんなことが実際にある。10倍狙いという目標なら人の気持ちに火をつけることも可能で、そう聞いて興奮せずに興奮せずにいることは難しく、また、他の一見不可能と思えることも実は可能だと思えてくる。

そこで次に問題となるのは、どうやれば巨大な問題を解決したいという気持ちを、もっとたくさんの人達に持たせることができるかという点だ。人類が直面する最も大きないくつかの問題を解決するには、10倍狙いで取り組む必要がある。これらの問題は指数関数的にエスカレートしている。世界の人口や1人当たりの資源消費量が、それぞれ雪だるま式に増加している。そしてテクノロジーはそれ自体で弾みをつけて発展していくため、それがもたらす変化はこれまでの変化より急速なものになっている。

こういった課題の解決で後手に回らないため、あるいは先手を打ってこうした課題を解決するためには、少しずつ物事を改善していくという発想を捨てる必要がある。われわれにとっての唯一の方法は、10%の発想や従来のソリューションから離れ、10倍の発想、つまり「ムーンショット」の発想を見出すことだ。ムーンショットは、大胆なプロジェクトと純粋な空想科学の間に存在するものといえる。

 

クレイジーさが足りない

「何かクレイジーなことをしなければ、間違ったことをしている」

これはグーグルのラリー・ペイジの言葉だ。ペイジは先ごろ、WIREDとのインタヴューで、ムーンショットの重要性についてそう説明した。

ところが、われわれの社会には何事も慎重に行うように、と説く言葉がたくさんある。たとえば「wak before you run (走る前に歩け)」や「slow and steady wins the race (ゆっくりと着実にやれば、必ず競争に勝つ)」、「under-promise and over-deliver (約束は控えめに、結果は大きめに)」のような諺は個の典型で、我々はこういった言葉を繰り返しながら、大きな発想をする訓練を怠っている。私には4人の子供がいるが、子供たちが自然に大きな発想をしても、社会のシステムがそういった発想をしないように導くことは、私にとってのジレンマだ。

私が誰かにこのことを話すと、誰もがムーンショットの発想は自分たちに関係ないものだと考える。われわれは大きな発想を他の人や組織にゆだね、たらいまわしにする奇妙なゲームをしている。

たとえば、小規模な企業やスタートアップは、ムーンショットは大量の資金や資源を必要とするので、大企業のすることだと考える。

逆に大企業は、高いリスク許容度が必要と考えられるムーンショットを、小さな企業の発想と考える。また、政府機関には目に見える問題についてすぐに結果を出すことへのプレッシャーがあり、長期的なヴィジョンへの投資を正当化することは難しい。そして学問の世界は、大規模で長期的な発想を好むものではあるが、彼らの仕事は発想を公にして、広げていくことであって、システムを構築すること自体ではない。このため、彼らはムーンショットを説明はできても、自ら引き受ける仕事だとは考えない。

ムーンショットの発想がどれもテクノロジーに関するものである必要はない。ガンジーの「塩の行進」や米国における公民権運動のようなものは、社会的なムーンショットの例だ。ただ、自分が最も知っているのがテクノロジーだからこそ、私はテクノロジーによるムーンショットでさまざまな問題の解決をもたらすよう説くつもりだ。特に社会的・政治的なアプローチでの解決が困難を極める問題において。

以上が、記事の内容です。

この話を聞いて、私は、本多宗一郎さんのF1への参戦やCVCCエンジンの開発の際の「10倍の発想」を思い出しました。

町のオートバイの工場から、世界のホンダに一代で育て上げた本多宗一郎は、ムーンショットを既に実現した人物でした。

引用させていただいた「WIRED」のURLを下記いたしますので関心のある方はご覧ください。

http://wired.jp/