終戦70周年を振り返る

2015年2月22日(日曜日)

今月11日は建国記念日でしたが、2015年(平成27年)は、終戦70周年の年です。

あまり話題には上っていませんが8月の終戦記念日が近くなるにつれて、色々なメディアで特集されて、各地で関連したイベントや集会が開かれることでしょう。

また、中国や韓国などでは戦勝記念70周年ということになり、それらの地域ではお祝いの日としてイベントや集会が行われることと思います。

私は、この戦後70年という節目の年に日本の戦後について国民全員で振り返ることが意味あることだと思っています。

昭和20年、日本は太平洋戦争において本土決戦という最悪の状態に陥り、敗戦が誰の目にも明らかになったにもかかわらず、神風特攻隊など人の命の犠牲を前提とした作戦を作り出しました。これは、個人が勝手に行ったことではなく、国軍の上層部が決断した人権無視の狂気の作戦でした。アメリカでは絶対に許されない作戦です。

しかし、そんな貴重な若者の命も結局無駄死になってしまいました。

そして、各地の大空襲で多くの一般市民が犠牲となり、最後は、広島と長崎に原子爆弾が投下されてようやく全面降伏という結果に終わり、東京にアメリカのGHQが置かれ、戦後の日本国のスタートをアメリカ主導で開始したわけです。

生き残った日本人は、その後、全面焼け野原になった町や村において、今日を生きるために文字通り必死で、食べるために生きるような生活を強いられました。

しかし、勤勉で教育の行き届いた日本人は焼け野原の中で復興を開始し、必死になってバラックを建て、奪い合いと助け合いの中で生き抜いてきました。それからは、何もないだけに作れば何でも売れたし、鉄鋼の産業振興と繊維製品などのアメリカへの輸出などで高度成長へ突入していきます。そしてベビーブームが昭和22年から数年続き人口増加による景気浮揚が続きました。

ベビーブームが起きれば、今度は、マイホーム、マイカー、テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの物質への狂騒ともいうべき購買行動が起こりました。物を持つことの喜びに酔いしれた時代がこの時期から始まったのです。

そして、その後、GDPが世界第2位になるまで国内消費と海外への輸出に依存した加工貿易立国としての不動の地位を築くことになります。

1964年には東京オリンピックが開催され、東京を中心として輸送網が整備され、核家族化が進み、郊外へマイホームを取得することで私鉄沿線の郊外に夢のマイホームが雨後の竹の子のように建てられていきました。

そのころ団塊の世代は学生となり、ベトナム戦争の泥沼化などを背景に学生運動が盛んになり左翼的な活動が盛んになりましたが、団塊の世代が就職期を迎えるにあたり沈静化していきました。また、1966年ビートルズの来日コンサートが行われグループサウンズ全盛の時代になり国民のエネルギーは政治から文化・スポーツへと向けられていきます。

このころは、岩戸景気などもあり人手不足が深刻となってたため、企業は人材を会社に引き留めるために、終身雇用制度と年功序列制度という「長く会社に居れば後でとてもいいことが待ってます」という制度を作り、日本のサラリーマンは「チャレンジ」よりも「安定」という方向性に固まっていきます。

1970年代に入ると、大阪万博、札幌冬季オリンピックが開催され、日本は、生活必需品の所有だけではなく文化・レジャーを楽しむことがこれからのトレンドであることを感じていきます。カラーテレビが普及してテレビ全盛時代を迎え、アイドルを中心とする歌番組や青春ドラマ・アニメなどが人気を集めました。また、荒井由美などのニューポップもこのころに生まれました。しかし、一部の若者は持て余した精力と時間を、徒党を組んで道路を走り回るという暴走族が日本中に現れたのも1970年代のことです。また、テニスやスキー・サーフィンなどのスポーツがファッションとして普及し始めたのもこのころです。

1980年代に入ると、現在のITにつながる技術革新が進化していくとともに、日本人の価値観が多様化していった時代でもありました。

そんな中で、オーム真理教のようなカルトと言われる宗教に入る若者が増加していきます。

1985年には、G5で決議されたプラザ合意により、為替が円高に大きくシフトし、日本経済は国内経済だけに目を向けているわけにはいかなくなりました。

そして、異常な土地と株の上昇を招き経済バブルを極限にまで拡大させた年代です。

日本はまさにタイタニック号の上での豪華なパーティに酔いしれていました。

1990年代に入ると、バブル崩壊が一気に日本経済を直撃しました。土地神話という絶対的な神話がもろくも崩れ、土地も株価も暴落しました。大手銀行や証券会社が倒産し統合に統合を重ねることになります。

そして、1995年阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件という2つの惨事が発生しました。

この2つの事件が同じ年に起きて、テレビなどで映像を見ることにより、日本人の戦後の高度成長とはなんであったのかという疑問を日本人が強く持ったと私は思います。

しかし、経済の世界ではwindows95などの発売により、コンピュータが身近なものになりそして、インターネットという世界中をつなぐ情報ネットワークが確立されていきます。

パソコンを使いこなすことが、これからの時代不可欠になっていくという認識を持たせたのがこの時代です。

そして、2000年代に入りITを中心とした産業革命ともいわれる状況が現在まで続いていて、今後、人工知能・医療技術など神の領域に入っていこうという時代を迎えています。

しかし、日本の人口構成や地域間格差や国の借金問題など、長年対処を先送りしてきてしまったつけがもう先に送れない状況にきているのも事実です。

そんな状況のなかで、敗戦から70年の功績と矛盾点を国民一人ひとりがこの機会に振り返ってみることは意味のあることだと思っています。