戦後日本と浦島太郎伝説

2015年4月19日(日曜日)

今年になって、このブログで、日本が戦後70年を迎える年であることを2回ほどお話ししましたが、今日は戦後日本と浦島太郎伝説の教訓についてお話ししたいと思います。

浦島太郎の昔話は、日本国民にとって桃太郎伝説や一寸法師名などと共にもっと親しまれている昔話です。

浦島太郎は歌になっていて、私が子供の頃にはテレビやラジオなどでもよく聞いたものです。

しかし、浦島太郎伝説は、他の桃太郎や一寸法師とは結末がまったく逆になります。

桃太郎や一寸法師は、子供でありながら勇気凛凛で正義感が強く、悪者退治の旅に出かけ知恵と努力と強さを持って、ついには悪者をやっつけて、悪者から奪った金品を取り戻して貧しい人々に返したり、最後には美しいお姫様と結婚したりして、勇気と正義を持って悪に立ち向かえば必ず最後はハッピーになるというものです。

一方、浦島太郎というと掻い摘んで言うと以下のようになります。

1.村の若者の浦島太郎は、浜辺に釣りに行った

2.すると、浜の先の方で子供たちがウミガメを囲んでいじめていた。

3.可哀想になった浦島太郎は子供たちに亀を放してやるように説得した

4.しかし、子供たちは亀は自分たちがつかまえたのだからどうしようと

  勝手だろうと反発した

5.そこで、浦島太郎は持っていたお金を渡して亀を譲ってもらい、亀を海

  に放してあげた

6.ある日、浦島太郎が釣りをしていると助けた亀が現れて助けてくれた

  お礼に竜宮城へ招待すると誘ってくれた

7.浦島太郎は、亀の招待に応じ竜宮城へ行った

8.海の底の竜宮城は、サンゴや海草で美しく飾られとても豪華なお城で、

  絵にも描けない美しさでした。しかも、乙姫様という美しく優しいお姫

  様がいて、亀を助けてくれた浦島太郎をお台場のジュリアナのVIPルー

  ム以上の接待してくれ、鯛や平目の踊りを見ながらおいしいものをたく 

  さんごちそうしてくれて、それはそれは天国のような楽しい日々を過ご

  しました。

9.しかし、しばらくして楽しい竜宮城もいいけど、残してきた家族のこと

  が気にかかり、太郎はホームシックになり、乙姫様に陸に帰りたいと打

  ち明けます。

10.乙姫様は、それを聞いて大変残念がりましたが、浦島太郎の意見を受

  け入れ、玉手箱というパンドラの箱を渡して「これは絶対に空けてはい

  けない」といって、亀に浦島太郎を陸まで送らせます。

11.浜についた浦島太郎は、周りの景色が竜宮城へ行く前と全く変わって

  いることに驚きましたが、さらに驚いたことに住んでいる人も全く見知

  らぬ人々ばかりでした。家族のことを住民に尋ねると、その人は、何百

  年も前に亡くなっているということでした。

12.途方に暮れた浦島太郎は、乙姫様の言いつけを破りもらった玉手箱を

  開けてしまいます。そうすると、中から白い煙がもくもくと上がり、

  浦島太郎の体にかかると、あっという間に青年の浦島太郎が、白髪でシ

  ワだらけの腰の曲がったおじいさんになってしまいました。

以上が私の記憶の浦島太郎伝説ですが、多少間違っていたらごめんなさい。

浦島太郎は、いじめられた亀を助けて竜宮城へ行ったまでは良かったのですが、そこでの一日は、あまりに楽しすぎて時間があっという間に過ぎてしまいましたが、それは、陸上の何十年にも匹敵するような時間だったのです。浦島太郎は、挨拶だけして帰ればよかったものを、お台場のジュリアナのVIPルーム以上の接待に有頂天になり、ずるずると帰るのを先延ばしにしたために、結果的に何百年もの間そこにいたことになります。しかし、彼が年を全く取らなかったのは「玉手箱」という箱に年齢を詰め込んで先送りできたということでした。

ここで、なぜ、私が戦後の日本と浦島太郎を対比させたかというと、

日本と浦島太郎伝説が「問題を先送りし、今が良ければすべてよし」という点で、かなり相似しているように感じるからです。

竜宮城とジュリアナ時代、玉手箱と国債、玉手箱を開けたときの浦島太郎とこれからもっと進む少子高齢化という3つの点において怖いぐらい一致します。

第2次世界大戦でアメリカに敗北した日本は、アメリカGHQに与えられた民主主義と平和憲法の下で、食うや食わずの背景から経済復興のみを必死になって行ってきました。経済さえよければ人々は幸せになれるという幻想を抱き、いい生活、美味しい食事、そしてバブル期にはレジャーと言うように、うかれまくって世界第2位の経済大国までに発達しました。経済自体が発展したことは問題ないのですが、民主主義というもは、その民が権利と責務を両方取るということが基本であり、自分自身が主体となって帰属する地域の問題に対して意見を言い活動し、選挙という方法を使って政治に参加するということを忘れてしまっているような気がします。

そして、国債という玉手箱につけをため込んで、いまやGDPの2倍という発行残高となり、ギリシャ以上の借金大国になってしまっています。

戦後70年ということを、もう一度国民が意識して、個人、コミュニティ、地域、国、アジア、世界の現状を理解し、未来に向けてどうするべきかを冷静に考える年になればいいと思っています。