2015年

9月

20日

カメラ監視社会

2015年9月20日(日曜日)

諸外国でのテロリスト問題や安全で安心な街づくりなどの対策として、現在世界中の先進国で街中に監視カメラを設置する動きが活発になっています。

コンサルしている商店街の今ホットな話題も街路灯のLED化から監視カメラの設置による犯罪防止および犯罪が起きた場合の迅速な解決へと進んできています。

そのこと自体は、現状を見る限り必要なことではあると思いますが、何かひとつ素直に喜べない部分があります。

それは、人間の機械依存度が高まるにつれ、人間同士のコミュニティ感覚というものがどんどん失われていくことが実感されられるからです。

今、街を歩いていて強く感じるのは、スマートフォンを見ながら歩いている人がとても増えていることです。電車の中などはスマートフォンを見ていない人の数の方がスマートフォンを見ている人よりも少ないぐらいです。

街を歩いて景色を見たり人々の様子やファッションを見たりして現場の情報を肌で感じるという人間の持っている本来の感性の部分よりも、スマートフォンという機械からの情報を中心にしてしまうことは、人と人との関係性を後退させる可能性を持っています。

監視カメラによる犯罪の抑止・解決も必要ですが、人間同士のコミュニティにおいてのコミュニケーションによる犯罪の抑止と解決というものがどんどん失われていく方向にならないようにしたいものです。

なぜなら、監視カメラもすべてを特定できるものではないし、監視カメラがある前提で犯罪を実行することも可能だからです。

そうなった場合、頼りになるのはコミュニティの日頃の情報交換です。

監視カメラは1つの犯罪抑止・解決の手段としてコミュニティでどのように利用し、またプライバシー保護の問題も含めてコミュニケーションすることを進める必要があると思います。

文明が、人間性の配慮という方向に向かうべきものであるということを前提にするのであれば、現在の機会依存型社会はすこしずれているような気がしてなりません。